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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)436号 判決

第三一三号事件被控訴人、第四三六号事件控訴人(以下「第一審原告」という。) 武藤運十郎

右訴訟代理人弁護士 吉成重善

右訴訟復代理人弁護士 佐藤孝

第三一三号事件控訴人、第四三六号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。) 松本百合子

第四三六号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。) 牛尾重信

〈ほか四名〉

右六名訴訟代理人弁護士 保田敏彦

右訴訟復代理人弁護士 井上勝義

主文

一  原判決中主文第一項及び第二項のうち第一審原告の第一審被告松本百合子に対するその余の請求を棄却した部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告松本百合子は、第一審原告に対し、金一一二万〇二九〇円及びこれに対する昭和四四年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告の第一審被告松本百合子に対するその余の請求を棄却する。

二  第一審被告松本百合子の控訴及び第一審原告の第一審被告松本百合子を除くその余の第一審被告らに対する控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一審原告と第一審被告松本百合子との間においては、第一、二審を通じ、本訴反訴とも、これを二分し、その一を第一審原告の負担、その余を第一審被告松本百合子の負担とし、第一審原告とその余の第一審被告らとの間においては、控訴費用は第一審原告の負担とする。

四  この判決は、第一項の1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一審原告代理人は、第四三六号事件について、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。第一審被告らは、第一審原告に対し、連帯して金二二六万一〇一〇円及びこれに対する昭和四四年一二月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を、第三一三号事件について、控訴棄却の判決を求め、第一審被告ら代理人は、第四三六号事件について、控訴棄却の判決を求め、第三一三号事件について、「原判決を次のとおり変更する。第一審原告の第一審被告松本百合子に対する請求を棄却する。第一審原告は、第一審被告松本百合子に対し、金一二三万八九九〇円及びこれに対する昭和四四年一二月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決並びに金員支払を命ずる部分について仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一  原判決九枚目裏一一行目及び同一三枚目裏五行目から同一四枚目表九行目までを削除する。

二  第一審被告らの主張

1  第一審被告らは、原審において、昭和四四年一二月八日成立した訴訟上の和解(以下「本件和解」という)により賃貸借を継続させた三九六・六二平方メートル(一一九・九八坪)の土地(以下「甲土地」という)に対する賃借権の価格の同土地の価格に対する割合(以下「本件借地権割合」という)が八割であるとの第一審原告の主張事実を自白したが、右自白は錯誤に基づくものであるから、これを撤回する。第一審原告は、本件和解により、第一審被告松本が、附随的利益として、甲土地賃貸借の期間満了に伴う更新及び甲土地に対する賃借人名義の第一審被告松本への単独化に異議を述べない旨の約束並びに第三者への甲土地賃借権の譲渡又は甲土地転貸の承諾を訴外梅原喜三郎(以下単に「梅原」という)から取りつけたことを挙げるが、右の点についての和解条項には、条件については協議する旨の条項があり、その和解条項に基づいて現在梅原から東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第七一五六号事件が提起され、金五八七万九〇二〇円の更新料(借地権割合七割とし、借地権価額の一割相当額)を請求されている。また、前記賃借人名義の第一審被告松本への単独化については、賃借権を相続した以上、共同相続人間で賃借人を相続人のうちの誰にするかを決定することは自由であって、第一審被告松本の単独名義としても、梅原が異議を述べえないことは明らかである。更に、第三者への甲土地賃借権の譲渡又は甲土地転貸の承諾をあらかじめ梅原から取りつけたことは一応称賛に値するが、右承諾がなくても、借地法上、建物買取請求権の行使により同様の結果を招来しうることも明白である。かような事実を考慮すると、第一審原告の主張する前記附随的利益を織り込んで本件借地権割合を八割とすることは許されず、同割合は七割程度と考えるのが相当である。

2  前記和解条項によれば、梅原に返還することになった土地一九九・七六平方メートル(約六〇坪)(以下「乙土地」という)の借地権買取代金は金四二〇万円であるから、借地権価格は坪当り金七万円であることが明白である。従って、甲土地の借地権価格も坪当り金七万円を基準として考えるべきである。そうすると、第一審原告の努力により第一審被告松本にもたらした利益は金八四〇万円となる。従って、同和解により第一審原告が第一審被告松本から受けるべき成功謝金の額は、右金額の二割として、金一六八万円となるはずである。なお、第一審被告松本が、同和解により、梅原から現実に受け取った金四二〇万円は、乙土地の借地権返還の対価であり、ことさらに第一審被告松本に利益をもたらしたものではないから、第一審被告松本が同和解により得た利益として考慮すべき性質のものではない。

3  仮に借地権価格の算定について坪当り七万円の主張が認められず、坪当り三〇万円の更地価格を基準として算定すべきであるとしても、本件和解により第一審被告松本が確保した甲土地賃借権の残存期間は四年であり、かつ前記和解条項によると、期間満了の時点での更新の条件については問題を留保したままであり、現に、前記のとおり、梅原から更新料を請求されていること、本件土地が住居地域に属すること等を総合して考慮すると、前記のとおり、本件借地権割合は、七割程度と考えるのが相当であり、従って、甲土地の借地権の価格は坪当り金二一万円であるというべきである。そうすると、乙土地の借地権の価格は金一二六九万〇三〇〇円となるから、補償金として、第一審被告松本は、同額の金員を受領すべきであったにもかかわらず、金四二〇万円しか受領していないので、その差額金八四九万〇三〇〇円の損失を被ったことになる。従って、本件和解により第一審被告松本が得た利益の算定に当っては、右損失額を控除すべきであるから、第一審原告の努力により第一審被告松本が受けた利益は、甲土地の借地権の価格である金二五一九万五八〇〇円から右損失額金八四九万〇三〇〇円を控除した残額金一六七〇万五五〇〇円となる。結局、本件和解により第一審原告が第一審被告松本から受けるべき成功謝金の額は、右金額の二割として金三三四万一一〇〇円となるはずである。

更に、第一審被告松本は、同和解の成立に先立ち、甲土地についての賃借人名義を同人単独名義にするため、第一審原告指示のもとに、金三六〇万円を共同相続人あてに支払い、かつ、梅原に返還することになった乙土地上の建物から訴外渡辺正治を立退かせるため、金一四〇万円を支払っている。また、甲土地上の建物にも訴外中島義彦が居住し、その立退料については後日の問題として残されている。右に述べた事情を考慮すると本件謝金の額は更に大幅に減額されるのが相当である。

三  第一審原告の主張

本件借地権割合についての自白の撤回は、時機に遅れた主張であり、右自白の撤回には異議がある。

理由

一  本件委任契約及び追加契約が締結されるに至った経緯、その内容、右各契約に基づく委任事務処理の結果本件和解が成立するに至った経緯及び第一審原告の本訴請求のうち第一審被告松本を除くその第一審被告らに対する請求に対する判断については、原判決理由一の説示(原判決一六枚目表三行目から同一八枚目表四行目まで)と同一であり、本件委任契約中の成功謝金の定めについての解釈に関しては、原判決理由二の説示(原判決一八枚目表五行目から同二〇枚目表一行目の「相当である。」まで、ただし、同一八枚目裏一〇、一一行目にかけての括弧内を除く)と同一であるから、それをここに引用する。

二  そこで、本件成功謝金の額について判断する。

1  当事者間に争いのない第一審原告の主張3の(一)の事実によれば、本件和解の成立により第一審被告ら外三名(原審において被告であった吉村美澄、訴外伊藤トミヨ、及び同須藤英男)の側で確保することのできた利益として甲土地に対する建物の所有を目的とする賃借権、乙土地を返還する対価として梅原から支払を受ける金四二〇万円、更に、確保された賃借権の附随的な利益として、甲土地賃貸借の期間満了(昭和四九年一月四日満了)にともなう更新及び甲土地の賃借人名義の第一審被告松本への単独化に異議を述べない旨の約束並びに第三者への甲土地賃借権の譲渡又は甲土地転貸の承諾を梅原から取り付けたことを挙げることができる。

2  第一審被告松本は、確保された利益(甲土地に対する賃借権の価額)から失った利益(乙土地に対する賃借権の価額)を差し引いたものをもって「得た利益」とすべきであると主張するが、第一審被告松本のいう「確保された利益」は、もともと係争利益から失った利益を控除したものであり、「得た利益」の算出に当り、重ねて失った利益を差し引くべき根拠を見出しがたいから、第一審被告松本の右主張は採用できない。

3  また、第一審被告松本は、本件和解に先立ち、甲土地の賃借人名義を同人の単独名義にするため、共同相続人あてに支払った金三六〇万円及び地主である梅原に返還することになった土地(乙土地)上の建物から渡辺正治を立退かせるため支払った金一四〇万円をも、本件成功謝金の算定に当り、本件和解により確保された利益の価額から控除すべきであると主張するが、右金員を第一審被告松本が支払っていたとしても、それらは本件における「得た利益」の算定に当り参酌すべき事項に当らないことが明らかであるから、右主張も採用できない。

4  次に、第一審被告松本は、本件の場合の係争利益は本件土地の借地権の価額の五割とみるべきであるから、甲土地に対する賃借権の価額の五割に当る金額から乙土地に対する賃借権の価額の五割に当る金額を差し引いた残額をもって「得た利益」とすべきである旨主張する。

しかし、本件受任事件の原告である梅原がその借地権の不存在を主張し、第一審被告らほか三名側がその借地権の存在を主張したからといって、第一審被告松本主張のように、係争利益をその借地権の価額の五割とすべき理由はない。梅原が第一審被告らほか三名に対し本件建物の収去と本件土地の明渡を求めたことにより、第一審被告らほか三名側は、敗訴すれば、その借地権の全部を失う危険にさらされたわけであるから、第一審被告らほか三名側の係争利益は本件土地の賃借権全部であるとみるほかはない。いわれなき訴訟であっても、それが提起された以上、特段の事情がない限り、その訴訟において主張し、あるいは否定されている権利全部をもって係争利益と考えるべきである。また、甲土地に対する賃借権の価額から乙土地に対する賃借権の価額を差し引いたものをもって「得た利益」とすることの失当であることは前記2に説示したとおりである。

5  第一審被告松本は、乙土地返還の対価として得た四二〇万円は「得た利益」として考慮すべきでない旨主張するが、この主張を正当とする理由を見出すことができないので、右主張は採用できない。

6  第一審被告松本、原審において、本件借地権割合が八割であるとの第一審原告の主張を自白したが、当審でこれを撤回し、第一審原告は、右自白の撤回は時機に遅れた主張であるとして却下を求め、かつ、それに対し異議を述べているので、この点について判断する。

本件記録によると、第一審被告松本は昭和四六年二月一日の原審第二回口頭弁論期日において、本件借地権割合が八割である旨の第一審原告の主張を自白したが、当審において右自白を撤回したことが認められるけれども、本件において本件借地権割合がいくばくであるかは、「得た利益」を算定するための資料であって、いわゆる間接事実にすぎないというべきであるから、第一審被告松本が「得た利益」そのものを争っている以上、本件借地権割合についての自白は、第一審被告松本を拘束しないものと解するのが相当である。従って、第一審被告松本が当審でした右自白の撤回は許されるものというべきである。

7  ところで、本件和解により甲土地の賃貸借について梅原から前記約束及び承諾を取り付けている点を考慮すると、本件借地権割合は八割であるとするのが相当である。

そして、本件土地の更地価格が坪当り三〇万円であったことは当事者間に争いがなく、甲土地の面積を坪数に換算すると一一九・九八坪となるから、同土地に対する賃借権の価額は金二八七九万五二〇〇円となる。第一審被告松本は、乙土地返還の代金を基準として、借地権価額は坪当り金七万円であると主張するが、右代金は、本件和解において、双方譲歩の結果、決定された金額であるから、「得た利益」の客観的価額を算定するにあたっての基準とすることはできない。しかし、《証拠省略》によると、甲土地上に本件建物のうち二棟の建物があり、そのうちの一棟には第一審被告松本が居住しているが、他の一棟は訴外中島義彦が賃借中であることが認められ、また、《証拠省略》によると、本件和解において、梅原は甲土地賃貸借の更新について異議を述べないが、その条件については協議して決定する旨、また甲土地の賃借権の譲渡、甲土地転貸の条件についても協議して決定する旨定められていることが認められ、右の事実に《証拠省略》を合わせ考えると、甲土地に対する賃借権の価額は、前記価額二八七九万五二〇〇円から、同土地上に二棟の建物があること及びそのうちの一棟に借家人が現住することにより一割二分、期間満了による更新料相当分として三分、借地権の譲渡転貸に伴なう名義書換料相当分として一割、以上合計二割五分を減額したものとするのが相当である。従って、右賃借権の価額は金二一五九万六四〇〇円となる。これに、乙土地返還の対価として梅原から支払を受ける金四二〇万円を加算した金二五七九万六四〇〇円が第一審被告ら外三名の側において確保した利益の部分についてその価額を算定した金額である。

8  本件訴訟委任契約において、第一審被告松本と第一審原告との間で、報酬額は得た利益の二割とし、和解も成功とする旨の特約が結ばれたことは前記のとおりである。

そして、《証拠省略》によると、本件土地に関する紛争の早期解決は第一審被告松本の強く望んでいたところであり、本件和解条項の趣旨については、あらかじめ第一審被告松本の承諾が得られていたものであることが認められ、本件において成功謝金の額を「得た利益」の二割とすることを不当とするような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

《証拠省略》によると、受任事件が和解によって終了した場合には、成功謝金の額が減額される例の多いのが実情であることが認められ、同鑑定人は、本件の場合も、それを理由に一割五分の減額をするのが相当であるというのであるが、右鑑定の結果によっても、本件の場合のように成功謝金の額が「得た利益の二割」と定められ、かつ和解の成立等も成功とするとの特約がある場合にまで、そのような減額をしなければならない根拠を見出しがたいので、和解により事件が終了したこと自体を理由に本件成功謝金の額を減額すべきであるとの意見は採用しない。

9  以上の次第で、本件の「得た利益」は金二五七九万六四〇〇円であるから、第一審被告松本が第一審原告に支払うべき成功謝金の額はその二割に相当する金五一五万九二八〇円となる。

三  第一審原告の主張3の(二)の事実は当事者間に争いがなく、前記のとおり、第一審被告ら外三名の内部関係においては、遺産分割により、第一審被告松本のみが本件建物の所有権及び本件土地の賃借権を取得するものと定められており、第一審原告もこの事実を知っていたことから考えれば、第一審原告が立替えて支払った金一六万一〇一〇円については、第一審被告松本のみが全額の支払義務を負い、第一審原告が代って受領した金四二〇万円の保管金については、同被告のみがその全額の引渡を求めることができるものというべきである。

四  第一審原告が、昭和四四年一二月二二日第一審被告松本に対し本件成功謝金及び右立替金の支払を催告した事実を認めるに足りる証拠はない。しかし、第一審原告が同月二三日第一審被告松本に到達した書面をもって同被告に対しその支払を催告したことは当事者間に争いがないから、第一審被告松本は本件成功謝金を支払う債務及び右立替金を支払う債務について同月二四日から遅滞の責を負うものというべきである。

五  第一審原告がその主張5の(三)のとおり相殺の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。すると、第一審原告の第一審被告松本に対する金四二〇万円の保管金を引渡す債務と、第一審被告松本の第一審原告に対する金一六万一〇一〇円の立替金を返還する債務、次いで本件成功謝金五一五万九二八〇円を支払う債務とは対当額において相殺された結果、第一審原告の右保管金引渡債務と第一審被告松本の右立替金返還債務が全部消滅し、第一審被告松本の本件成功謝金支払債務のうち金一一二万〇二九〇円を支払う債務が存続することとなる。

従って、第一審原告の本訴請求のうち、第一審被告松本に対し成功謝金残金一一二万〇二九〇円及びこれに対する昭和四四年一二月二四日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余の部分は理由がなく、第一審被告松本の反訴請求は理由がない。

六  よって、第一審原告の本訴請求のうち第一審被告松本に対する請求は右理由のある限度において認容して、その余の部分を棄却し、その余の第一審被告らに対する請求、第一審被告松本の第一審原告に対する反訴請求は棄却すべきであり、これと異なる原判決は不当であるから、第一審原告の控訴に基づいて、原判決中本訴請求に関する部分を右のとおり変更し、第一審被告松本の控訴及び第一審原告の第一審被告松本を除くその余の第一審被告らに対する控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 枡田文郎 裁判官 斎藤次郎 山田忠治)

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